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2013年1月30日水曜日

「下仁田コンニャク」の著書


里見哲夫氏は85才になっての出版で、「名産 下仁田コンニャク」の本が下仁田自然学校文庫として会員限定に頒布された。著者による「下仁田ネギ」の本に続いて貴重な文化や産物が著書として紹介されたことは意義深い。
今回の本は会員限定版だが、自然史館に立ち寄ればみられるかもしれない。










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2013年1月29日火曜日

下仁田ジオ.歴史遺産応援団臨時学習会


下仁田ジオ.歴史遺産応援団臨時学習会
平成25年1月29日午後7〜8時30分 文化ホール会議室

@「エコツーリズムとは」
講師 :日本生態系協会 城戸基秀先生

自然環境や歴史文化を対象とし、対象となる地域の自然環境や歴史文化の保全に責任をもつ観光のありかた。(エコツーリズム推進会議)
1 観光振興
 地域の(地形.地質を中心とした)自然と歴史文化を理解し楽しむ観光。
2 資源の保全
 地域の(地形.地質を中心とした)自然の保全.歴史文化の伝承。
3 地域振興
 地域社会や地域経済の活性化。
埼玉県飯能市でのエコツーリズムを活かした地域づくり
飯能市の面積193平方km 人口82,000人

住民が企画参加する仕組み
100以上のイベントをしている
地域の魅力の再発見
新住民の参加
新たな山間地域振興
^_^下仁田での取り組みへ活かし方
「ネギとコンニャク.ジオパーク」ぶれないフレーズは凄いと思った。
ガイドは大変重要な役目
人を育てる。

@「エコツアーのガイドの役目」
講師 日本生態系学会 加藤雄也先生
ガイドとは=案内人
•安全に(完全管理)
•地域のルールを守りつつ(地域のルールの普及)
•参加者を楽しませながら(解説)

•安全管理
危険予知と回避(事前の下見➡危険の回避)
事故が起こってしまった場合の適切な対応

•地域のルールの普及
参加者に不適切な行動をさせない地域の資源を守る)

•解説
体験やトークを通じて、旅の魅力アップ
伝えるときに意識すること
*何を(what)
*なぜ(why)
*誰に(whot)
*どうやって(how)

•どうやって伝える
中国の古いことわざ
「聞いたことは忘れる
見たことは思い出す
体験したことは理解する
発見したことは見につく」
楽しさ、面白さを忘れずに
多くに参加者は勉強したのではなく、楽しみたい。

•伝え方の工夫
 身振り手振り
•話し方
 声の強弱
表現方法
 参加者にあった内容や言葉使い
 問いかけ
基本は笑顔だが、ここぞという時は真剣な真顔で
(無駄な動きに注意)

ガイドとしての心得を勉強しました◎

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2013年1月5日土曜日

中小坂鉄山跡観察会






12月18日 日本で最初の様式鉄鉱炉「中小坂鉄山」観察会が、保存会の皆様を中心に説明していただきました。

中小坂鉄山観察会

2012年12月23日日曜日

四つ又山探訪記(関東山地研究会 保科グループ)





四つ又山探訪記(保科グループ研究会)
四つ又山閃緑岩の謎(2012/12/23)

ー跡倉層の不整合基盤か?ー

保科裕・関東山地研究グループ
@保科さん曰く「四つ又山閃緑岩が解明できればクリッペ解明に繋がる重要な鍵を握っている」
現地調査に同行させていただきました。(参加者15名)

跡倉層の川井山石英閃緑岩は約2億5千万年前に形成された。
これらに+ホルンフェルス(風口層)
四つ又山閃緑岩は、岩石的にはカリ長石がほとんどないトーナライト。川井山閃緑岩とと四つ又山閃緑岩とをつなぐ閃緑岩を発見か。

「中央構造線を境に非常に入り組んだ地質構造になっている。」

下仁田ナップ構成
跡倉ナップ(日本列島では中央構造線沿いの跡倉ナップが有名。
    跡倉層の不整合基盤➡ホルンフェルスおよび川井山閃緑岩
四つ又山のナップ
    跡倉層の不整合基盤➡四つ又山閃緑岩(+石灰岩)?
川井山閃緑岩とホルンフェルス    四つ又山閃緑岩と石灰岩
   何故石灰岩が入り込んでいるのか?
・四つ又山閃緑岩と川井山閃緑岩は同じ?

今回は、南牧村より登りました。
四つ又山への登山道が通行不能なので整備が急がれる。
アップロードは ( t・i )

2012年12月19日水曜日


http://www.shimonita-geopark.jp/下仁田ジオパーク
下仁田ジオ.歴史遺産応援団
(ベタ打ちにて書込み)
室戸ジオパークでの報告
下仁田ネギ祭りで展示ブース 300人訪れる。
下仁田町の地形の出来方
  • 多様な地形を持つ
  • 山間地の中流部で連続する渓谷
  • 不通渓谷 はねこし渓谷
  •  橋の無い時代は、梅沢峠・小坂坂峠を利用していた。
  • 鏑川は様々な地層の上を通る

秋池館長(ふるさとセンター)
題目:下仁田町近世~近世の主要交通路の推移
  • 産物を運ぶ交通路として小阪坂峠や梅沢峠が便利だった。
  • 江戸時代は、鉢植えの様な支配体制だったが、横の繋がりは悪るかった。藩以外に出ようとすると大変だった。
  • 明治政府は出入りが自由になった。関所の廃止、廃藩置県になった。自由な通行が可能になった。
  • 明治4年に廃藩置県と[橋梁を建設せよ]となった。
  • 江戸幕府では橋も作れなかったが、明治政府になり橋も架けられる様になった。
  • 明治15年に比佐理橋、神戸橋、石渕橋など木製の橋が架けられた。  
  • 比佐理橋は明治15年に木橋をつくったが、明治27年流出、翌年再架橋、明治38年吊り橋、平成3年現況となった。
  • 石渕橋は、今より下流側で明治15年にかかった。
  • 神戸橋は昭和5年開通した。
  • 明治30年には上野鉄道が開通した。
  • 馬山を鉄道が通らなかった理由は、諸説(汽車の煙の害を心配したとか)あるが、鏑川に橋を架けられる程の資金力が無かったのではないか?一番現実的。
  • 地形と人の生活は密接につながっている。
  • 杉田栗末はトンネルのスペシャリスト
ある参加者は、これらの話を聞いて、中央構造線とこの特異な地形の結びつきについて考え不可思議な場所だなと思ったと言う感想を述べました。

2012年12月9日日曜日

農業祭&ネギ祭り

平成24年12月1日下仁田町農業祭&ネギ祭り会場にて。
サミットを目指す下仁田町の農業祭とネギ祭り。下仁田ジオパークや富岡製糸世界遺産伝導師の展示もあり、多くに方が訪問されました。特に会場が馬山地区ということで荒船風穴、中小坂鉄山、馬山丘陵について展示解説を行いました。