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2013年6月19日水曜日

ジオガイド養成講座(国指定史跡荒船風穴&世界遺産候補地)

荒船風穴は、国指定史跡であり、富岡製糸場絹産業遺産群の世界遺産候補地でもあります。
6月18日、荒船風穴(ふうけつ)・下仁田ジオガイド養成講座学習会がありました。今回初めてガイド役の方が実習しました。
荒船風穴ガイド実習 
神戸さんがトップバッターで登場、とても上手でした。長ければ飽きるし、短いと分からないなど慣れないと難しいガイド。参加した皆さんもこれからそれぞれに思いを訪問してくれた皆さんにガイド役を務めてくれる日も近いことでしょう。


仮説トイレと案内係の用意できました。駐車場は、10〜12台位駐車できるようです。



風穴は、1号風穴(明治38年)3号風穴(明治41年)3号風穴(大正3年建設)の3基あります。風穴毎に案内板も整備されつつあります。

外気温は約20℃で、風穴から出る冷気は約1℃。その温度差で、湿度があり空気が淀んだ状態の今日はその冷気が白く目にみえる絶好の状態でした。幻想的な荒船風穴でした。


ガイドをしていただく皆さんは本当に熱心で素晴らしいし、町にとっても大変ありがたく頼もしい存在であり、世界遺産もジオパークもこうした地域住民の方に携わっていただき、またボランテアの皆さん無しにはあり得ない事業です。
私個人が考えていることですが、世界遺産やジオパークという事業を、町の中心事業に据えて基本構想作ることが第一義だと思います。何故なら、こうした富岡製糸場を含めて荒船風穴(ジオサイトにもなっている)施設や外観だけ見ても難しいし、二度三度訪れて見学したいものだろうか?という素朴な疑問があります。折角訪問していただくお客さんに満足と納得がいく事業にしていかなければなりません。
いまのところ、専門家や行政の話は難しく、第一面白く感じられません。今回ガイド役の先鞭を切って実習演習してくれた神戸さんの話のボリュームが程よい感じだと私は思いました。

1 ビジターセンターを作る(将来に揺るぎない町の姿勢を示す)
・事前学習をしていただく(現地ガイドの負担を軽減できる)
・お客さんの理解度を高め、関心を寄せ易くする効果。

2 地元の人による現地ガイド(民間人の活躍)
・お客さんの多くは専門的な話は飽きる。それより地元の人の熱意や自分の地域への熱い思いに接したい。

3 地元の食事や産物に接したい。(PRと提供する)
美味しい食事や、名産「コンニャクやネギ」を中心に味わいたい、とともに地元の人と会話を楽しみたいという基本的ニーズに応える。

*そして、「ジオや荒船風穴はちょっと難しかったけれど、また来てみよう」となって欲しいと思います。それには地元に人の持て成し精神と、なによりそれをバックアップする行政の体制がもっとも肝要だと感じています。
関心が深まれば、もう一度行ってみようと言っていただけると思います。
   ・

2013年6月15日土曜日

荒船風穴・ジオパークツアー

この度、下仁田町では荒船風穴・ジオパークツアーを企画(案)しました。
荒船風穴・ジオパークツアーのセットで、タクシーで巡わる場合に行政から補助出ます。

2013年6月1日土曜日

化石研究大会第一日目


化石研究






化石研究会
シンポジウム「ジオパークにおける化石について
         ~地域の他からをどのように残していくか~」

第三回総会・学術大会
午後1時より下仁田町文化ホール
(以下敬称略)
主催者挨拶 三島弘幸 化石研究会会長
下仁田町長 金井康行

基調講演「世界と日本のジオパーク活動」
渡辺真人(産業技術総合研究所地質本館・日本ジオパーク委員会事務局)
・ネットワークがあるというのが良いところ

事例報告 「天草御所浦ジオパークと化石の関係」
鵜飼宏明(天草御所浦ジオパーク構想推進協議会事務局)
・小さな町なので盗掘の監視の目が行き届く

事例報告「白山手取川ジオパークにおける桑島化石壁を利用した活動」
白山手取川ジオパーク 日比野 剛(白山市ジオパーク推進室)

事例報告「約30年を経た「戸台の化石」保存会活動」
北村健治(戸台の化石」保存会会長」
・法的に守れないものも大事な物だと思えば保存出来る。
・例えば神社で1300年前から守り継がれたものがある。

事例報告「ジオパークと秩父と化石を使った教育」
吉田健一(秩父ジオパーク[秩父まるごとジオパーク推進協議会])
・化石や地質などそれぞれ活動したがジオパークによって連携した活動になった。地元の人が改めて自分の地域を見直す機会になっている。特に現役を退いた方の参加が多い。
化石など民間人からの寄贈も多くなった。
ジオパークによって人とのネットワークも広がった。

事例報告「恐竜センターと体験学習プログラム」
久保田克博(神流町恐竜センター)
・コンビニもインターも無い、人口2200人あまりの町。昭和56年サンチュウリュウの恐竜の背骨。昭和60年恐竜の足跡が発見された。以前よりアンモナイトや三葉虫の化石などが見つかっていた。
・平成10年以来、化石探し体験学習を開催して化石発見をしている。
・化石レプリカ作成体験
平成22年より人手を確保したため急増してきた。家族連れの参加者が多くなった。

総合討論(質疑)
Q:化石や貴重な地質の場所の工事があった場合、協議の場はどのような方法で、誰がイニシャティブをとって調整しているか
A:住民が残す為の意識が高ければ、工事を中止出来た。みんなが大事なと思うことが大事。
Q:人間が作られた物は天然記念物に指定できるので、指定して守ってはA
A:天然記念物に指定していして守るのも一つの方法ではないかと思っている。
Q:三陸海岸は広すぎるではないか
A:復興が優先でジオパークどころではないという意見もあるが、復興のシンボルとして動ける地域もある。
Q:国の支援ももっと積極的しても良いのではないか
A:今後努力しなければと思います。
など
(勝手にiPadにて書き込みました)
*大変失礼ながら、全部網羅して書込みはとても不可能です。雰囲気だけ感じていただければ幸いと思います。お名前など間違えがありましたなら失礼をお許しください。またご連絡いただければ訂正いたしますので、宜しくお願いいたします。

iPadから送信

2013年5月31日金曜日

下仁田町で化石研究大会開催


化石研究 

第31回 化石研究会総会学術大会が下仁田町で開催されます
下仁田ジオパーク案内

6月1日午後1時〜文化ホール(参加自由)

下記の画像は、2011年6月に開催された自然学校主催の「アンモナイト化石発掘隊」に同行した際、非常に運良く「アンモナイト化石発掘」の現場に立ち会うことが出来ました。女性が手にしているアンモナイトは二つに割れていますが、実に不思議なことに、一つは別な機会に発見されましたが、6月の「アンモナイト化石発掘隊」の時にそのもう一方のアンモナイトがまるで割り符の様に発見されたことです。女性の方と小学生が発見しました。自分の地域でもこのような化石の発見をすることができます。様々な地域活動に参加することにより、それは
  • 新たな発見や感動に出会う事が出来ます。
  • 地域の愛着から様々なコミュニュケーションが生きる力を生みます。
  • 郷土の誇りや郷土愛に支えられる人間力を育みます。




2013年5月18日土曜日

下仁田ジオパークの貢献者の一人、高木秀雄教授


(2009年11月15日 13:50~16:30 開催時の画像)下仁田町では「ジオパーク講演会」が何度も開催されてきました。下仁田町が日本ジオパークに認定なった今、様々な方々が努力して来た。もちろん長年下仁田町で研究をされてきた自然学校の先生方には言うに及ばないが、日本認定に向けて印象深いのは早稲田大学の高木秀雄教授です。プレゼンストーリの原案とも言うべきファイルをお預りしていて、高木先生のご好意により公開しています。改めて記憶にとどめたいと思います。そして、さらに世界認定へ向けて住民が一丸となって進むことにより、町の元気や活性化の目的が達成できると思います。少子化や過疎化が進みますが、世界遺産富岡製糸場絹産業遺産群(候補=以下世界遺産)とジオパークにより、少子化や高齢化の波はなかなか止められなくとも、住んでいる人が元気な町になれば、いずれは” 住んでみたい下仁田町 ”となり中身の質の高い町となっていくでしょう。その良い例がジオの先駆地長瀞町のある秩父市ではないかと思っています。
高木先生に敬意を表す意味で改めて紹介させていただきます。高木先生は 三陸ジオパーク推進協議会 にてご活躍されているとお聞きしています。まちづくりはいろんな方々の応援・支援があって初めて開花しますが、その原点は住民の熱意に他なりません。本気になればこそ支援者が現れるのでしょう。世界遺産やジオパークをやれば町が直ちに活性化するというものではありませんが、「温故知新」まさに古きを訪ね、新しきを知る。世界遺産やジオパークに取り組む姿勢が、人、地域のスキルアップ繋がると思います。今ある地元の資源に一生懸命に磨きをかけ宝にする努力をしましょう。


下仁田町における早稲田大学 高木秀雄教授 講演関連紹介
2010年3月13日ジオパーク講演会
2009年11月14日「ジオパーク講演会」
2008年11月2日下仁田町ジオパーク講演会
高木先生の講演part2
高木先生の講演part1
2009年11月15日高木先生のプレゼン